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大岡昇平が私たちに教えてくれること

2022-01-01から1年間の記事一覧

大岡昇平『戦争』 一度大きな軍事予算を組んでしまうと、拡大した設備は使わないと損になりますから、どんどんふくれ上がっていくでしょう。二・二六事件の時、軍事予算を出ししぶった高橋蔵相が殺されたんだけど、その次の蔵相が軍部の要求をのんで予算を大…

大岡昇平『花影』 二十年東京の消費生活の波間に漂つて、衣裳を更へるやうに男を更へて来た女の心に澱んだ虚無である。葉子がこれまで生きて来たといへるかどうかが疑問なら、いま彼女が生きてゐるかどうかも疑問である。 酒と男の間にすごされた生活が、実…

大岡昇平「憂楽帳」 ソ連のハボマイ、シコタン不返還の覚書は、近ごろ不愉快なニュースであった。 新安保条約は、いくら岸首相が美辞麗句を並べようとも、危険な軍事同盟であることは、かくすことはできない。 従って、それではどうぞ、新しい基地をお作り下…

大岡昇平『読書の弊害について』 過ぎ去った戦争中の生活について、われわれは思い出があり、回顧物を読めば、それらはかき立てられずにはいないが、刺戟されて生じた思想や感情をいくら重ねても、われわれが通過した時代について、確乎たる観念に到達するこ…

大岡昇平『武蔵野夫人と地図』 小説の舞台に選んだ土地は、無論実地調査しなければならないが、地上の歩行する我々が、眼で見得る範囲は知れたものであって、付近一帯の地形の概略を呑込んでなければ、眼前の風景がよく理解できないものである。

大岡昇平「朝の歌」 その不断の訪問癖にも現われているように、中原は結局人なつっこい男だったのである。 自分の流儀でみんなと仲良くしたかったのだが、それぞれ自分の領分と人との附合いを使い分けるのを原則とする都会では、それがかなわなかった。しか…

私は人形じゃない

大岡昇平『舞妓』 しかしお客の方では、彼女たちを一人の人間として見ないことは、昔とかわりはない。まあほんとに可愛いわね。一体なにを食べて生きてるのーーなんて言う女客もいるにちがいない。いつもは客に見せる顔をつくり、お客の「舞妓はん」のイメー…

大岡昇平『狡猾になろう』 言葉の結合による面倒な思考から逃避しキャッチ・フレーズにキャッチされ、集団にとけこむ快楽を見出そうとする。これは戦前、国民大衆を軍部の望むままに操るために、マス・メディアが文化官僚と共謀して行った手段であり、東西緊…

大岡昇平『成城だより III』 本年度中に防衛費GNP1%を越すこと、閣議決定。なんでも閣議できめ発表するのなら、議会討論など無意味だ。

大岡昇平『人間差別がたどる運命』 社会の情報化がすすむにつれて言論の果す役割は大きく、体制側にとって統制が必要になって来る。戦時中と同じように御用学者がまた発生する。彼らは論理ではなく、ただことばを飾るだけの修辞学によって管理社会を弁護する…

大岡昇平『愛について』 「やさしさだけが愛ではないのです。醜い地球の生活で、四六時中、妻にやさしくしていられるはずがありません。特別なものとして、まつり込まれていただけです。あなたが何をいっても怒らず、さからわず、いたわりだけで愛される。こ…

大岡昇平「成城だより」 事件は支配者の好むことしか伝わらない。

大岡昇平『わが文学生活』 つまりぼくには、日常生活に生きている人間が、実は一つの大きな政治的な力で支配されているんだという認識があるわけですよね。

大岡昇平『出征』 しかし今こうしてその無意味な死が目前に迫った時、私は初めて自分が殺されるということを実感した。そして同じ死ぬならば果たして私は自分の生命を自分を殺す者、つまり資本家と軍人に反抗することに賭けることはできなかったか、と反省し…

大岡昇平『歴史小説論』 (司馬遼太郎、松本清張)共に「庶民的」な角度であるが、この観点からは歴史上の人物は現代人に換算されて現われる。こういう「庶民」は1930年代に沈黙して戦争に協力しただけでなく、今日同じ沈黙によってソルジェニーツィン事件、…

大岡昇平『俘虜記』捉まるまで 私は既に日本の勝利を信じてゐなかった。私は祖国をこんな絶望的な戦に引きずりこんだ軍部を憎んでゐたが、私がこれまで彼等を阻止すべく何事も賭さなかった以上、彼等によって与えられた運命に抗議する権利はないと思はれた。…

大岡昇平「幼年」 私はその後もそうだが、いわゆる秀才ではなかった。小学校六年を通じて、優等になったのは六年生の時だけで、それまではやっと級の十番以内にいる程度だった。(略)入学するまで、両親は片カナと足し算引き算を教えることしかできなかった…

大岡昇平『野火』 絶えず増大して進む生命という仮定は、いかにも近代人の自覚心に媚びる観念であるが、私はすべて自分に媚びるものを警戒することにしている。事実私の現実の生活において必要なのは、私が前進している自覚ではなく、抵抗物を見きわめ、乗り…

大岡昇平「朝の歌」 東京人同士だけ通じるらしい些細な言葉のやり取り、仕草、それらを知らないためにのけ者にされたような感じ、早く符牒に通暁したいという焦慮等々、今から思えば死ぬまで中原から離れなかった一種の劣等感を、私は最近外国に一人旅をして…

大岡昇平「花影」 葉子はむかしから、なにかをしようとする時、これはしない方がいいのではないか、してはいけないのではないかと、逡巡に捉われることがある。

大岡昇平「花影」 結局松崎は自分勝手な夢を見続けていた。教壇から彼自身あまり自信のないことを教える時も、家庭で妻と娘を愛するふりをする時も、彼には姿勢がなかった。自分が生きていないと感じる時、肉と生命に見放されたような葉子の姿が、却って生き…

大岡昇平「『事件』ができるまで」 当時、私は大磯に住んでいて、中央林間の相模カントリークラブとの間を車で往復していた。平塚、厚木から寒川、茅ヶ崎へかけての田園が、工場用地へと変って行くのを目撃した。青少年の離村傾向、それらの地区の犯罪の増加…

大岡昇平「朝の歌」ー中原中也伝ー 大正十二年中原中也は山口県立中学第三学年を落第した。八番で入学した優秀児童が、七月の学期試験に五十番、二年進級の時百二十番と順次落ちて行って、遂にこの結果を見たのである。 地理歴史等暗記物が駄目だったと伝え…

大岡昇平『俘虜記』 その第一の印象はまづこれ等よく発達した裸形の男性の肉体の集団の効果であった。(略)虚弱な中年男の肉体を持つ私にとつて、それ等はいづれも或る種の動物的圧迫を私の肉体に及ぼさずにはおかなかつたが、万物の霊長として、肉体ばかり…

大岡昇平『愛について』 そして梶本のような年齢と社会的地位に達した男性に、昼下がりのホテルの情事が、社会的に許された行為である、という錯覚を起こさせるような時代になっていたのである。これは民主主義社会の爛熟と共に、マスコミによって生み出され…

大岡昇平『野火』 死はすでに観念ではなく、映像となって近づいていた。私はこの川岸に、手榴弾により腹を破って死んだ自分を想像した。私はやがて腐り、さまざまの元素に分解するであろう。三分の二は水から成るという我々の肉体は、たいていは流れ出し、こ…

大岡昇平『作家に聴く』 昭和九年国民新聞社に入った。はじめ学芸部にいたが、まもなく社会部に移った。これもスタンダールの影響だ。彼の作品や生涯を読んでみると、いろんな経験をしている。考え方も、狭い文学の世界だけにちぢこまっていないで、商人にも…

大岡昇平『書物に欺かれる現代人』 「僕もそうだと思っていたんだ」このせりふは現代社会における判断の一番典型的なものです。こういう判断の累積はやがて「世論」「常識」への順応となり、ナチズムとか大東亜共栄圏とかへの、今日では不可解な追従となって…

大岡昇平『事件』 成績の優秀なものから判事になり、それから検事、弁護士と、だんだん下って行く戦前の階層意識は抜き難いのである。裁判官には依然として強い職権意識があり、自らの判断が最良の判断である、他人の言うことなんか聞く必要はない、と考えて…

大岡昇平『愛について』 梶本は正常な結婚生活を送り、子女に十分な教育を与えることが出来る、理想に近い父親であった。それなのに人に知られさえしなければ、快楽追求の分野では、なにをしてもいいような気になっていた。それは結局、この善良な家長が、普…