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大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平『事件』

 成績の優秀なものから判事になり、それから検事、弁護士と、だんだん下って行く戦前の階層意識は抜き難いのである。裁判官には依然として強い職権意識があり、自らの判断が最良の判断である、他人の言うことなんか聞く必要はない、と考えている者が多い。

 弁護士は最終弁論において、証拠についてあまりくどくど論じるのは、損だという説がある。裁判官は大抵「そんなことはこっちの方がよく知ってるよ」という顔付で聞いているもので、弁護人が裁判官にものを教えるような態度で論判するのは「生意気だ」と思われるおそれがある。

 従って弁護人はおのずから情状論に力を注がざるを得ないことになる。旧態依然たる「泣き落とし弁論」「取りすがり弁論」が、いまだに大半を占めているのは、こういう事情によるのである。