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大岡昇平が私たちに教えてくれること

2023-01-01から1年間の記事一覧

大岡昇平『文学と郷土』 今日のように交通が発達してくると、今まで隔たっていた都会と地方との距離も縮まってきます。しかしここに観光というものが介在する場合、相互に正しい姿を認めあう機会が失われてしまうのではないかと私はおそれます。今日の観光客…

大岡昇平「僕はなぜ文学青年になったか」 大正の心境小説も似たようなエゴイズムの讃歌を歌っていた。小心翼々たる文学的生活者の、日常生活の小波瀾に、大袈裟な意味を見つけて、悦に入るのが、彼等の常套手段であった。 僕も彼等のような、文章を書いてみ…

大岡昇平『成城だより』 私たちは新しい生活形態を考えなければならないが、目先に捉われたる政府は、八年前に石油ショックを受けながら、情勢分析不十分、その日暮しの番頭政府に何も期待も持てず。これまたアジア的対応の一つなるか。勝手にしやがれ。

大岡昇平『第二の戦後か』 こんどの危機はめいめいが勝手なことをしていては、とうてい乗り切れそうもない。 柄にない説教めいたことはいいたくないが、何らかの意味で、他人といっしょに自分も助かる、という心構えがなければ、自他ともども一層ひどいとこ…

大岡昇平『年初に豊かさを考える』 新人類、ポストモダン、などと浮かれている消費人口ほど御しやすいものはない。長年の政権保持によって老人化した政府による、幼児化した中流階級の支配である。豊かさは保守性を持っている。それは豊かでないものを差別し…

大岡昇平「詩人」 中原が自作の朗誦がうまかったのは、草野心平がいまだに語り草にしている。猥談だって独特のものだった。しかし彼が女に持てるところは、われわれは一度も見たことはない。 渋谷の洋食屋の女給一人口説くのにも、阿部六郎や僕を動員して、…

大岡昇平『俘虜記』 下士官は既に軍隊内のその位置に快適を感じ、自己の個人的幸福のためにも、この組織を支持する意識を持ったエゴイストである。彼らは特権によって誘惑された者どもであり、特権ある者は常に堕落するのである。

大岡昇平「野火』 名状しがたいものが私を駆っていた。行く手に死と惨禍のほか何もないのは、すでに明らかであったが、熱帯の野の人知れぬ一隅で死に絶えるまでも、最後の息を引き取るその瞬間まで、私自身の孤独と絶望を見究めようという、暗い好奇心かも知…

大岡昇平『中原中也の思い出』 彼は彼の詩が人を動かすだけではなく、彼という人間が人に認められることを欲した。彼の伝説的毒舌、無限の喧嘩は主としてこの希望が、そう簡単には実現されなかったため起ったものである。 彼は彼の考えていたバルザックと共…

大岡昇平「新帰朝者」 粧われた心だけが、粧われたものに感服する、とむかし小林秀雄が言ったが、堀の作品と高級ミーハーの間の関係は、その標本みたいなものである。

大岡昇平「野火」 この田舎にも朝夕配られて来る新聞紙の報道は、私の最も欲しないこと、つまり戦争をさせようとしているらしい。現代の戦争を操る少数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼らに欺されたいらしい人たちを私は理解できない。お…

毒親育ちなので精神の力を使って生きてきました

大岡昇平『再会』 しかし私は文学には関係なくとも、神戸で会社員として六年、兵隊俘虜として二年、精神の力を使って来ている。使わなければ食うことが出来ず、或いは死ぬ危険があったからだ。その間私の中に蓄積した精神の習慣が、もし働き得るものであれば…

大岡昇平『狡猾になろう』 言葉の結合による面倒な思考から逃避しキャッチ・フレーズにキャッチされ、集団にとけこむ快楽を見出そうとする。これは戦前、国民大衆を軍部の望むままに操るために、マス・メディアが文化官僚と共謀して行った手段であり、東西緊…

大岡昇平「幼年」 昭和十年頃、小林秀雄が「故郷を失った文学」を書き、東京には故郷というようなものがなくなっていることを指摘した。たしかに美しい山や水に囲まれた環境は、大正十二年の大震災以後の東京にはなくなった。小林の論文はそういう東京の変貌…

大岡昇平「昭和四十九年 八月十五日」 こんどの戦後は三十年たっても、日本はどこの国とも戦争をはじめていない。むろん戦争放棄の憲法第九条があるからだが、自衛隊は戦前を上回る戦力に達している。アメリカの核の傘の下にある代償として、その極東戦略に…

大岡昇平「現代ー忍び込む戦争の影」 フィリピンの戦場での経験は、私にいろいろのことを教えた。生死の境におかれた同胞に現れるエゴイズムは私を傷つけた。私が駐屯地で身近に接した下士官が、二ヶ月山の中を逃げ続けた後、私と同じレイテ島の俘虜収容所へ…

大岡昇平『俘虜記』 それは私がこの時独りであったからである。戦争とは集団をもってする暴力行為であり、各人の行為は集団の意識によって制約ないし鼓舞される。もしこのとき僚友が一人でも隣にいたら、私は私自身の生命の如何に拘らず、猶予なく射っていた…

大岡昇平『成城だより』 結婚を目標とする恋愛は、大抵は金のためと考えることが出来るのだ。『武蔵野夫人』の勉君の純愛だって、道子の財産のことが、一瞬も考慮に入らなかったなんて、思ってもらうわけには行かない。

大岡昇平『書物に欺かれる現代人』 「僕もそうだと思っていたんだ」このせりふは現代社会における判断の一番典型的なものです。こういう判断の累積はやがて「世論」「常識」への順応となり、ナチズムとか大東亜共栄圏とかへの、今日では不可解な追従となって…

大岡昇平『わが文学生活』 つまりぼくには、日常生活に生きている人間が、実は一つの大きな政治的な力で支配されているんだという認識があるわけですよね。

大岡昇平「わが師わが友」 「鉢の木会」の連中はみんな孤独である。徒党を組むなんて、殊勝な志を持った者は一人もいない。 「文学者なんて、どんな親友でも、いつうしろからグサリとやられるか、わかりませんからね」と、これは三島由紀夫の感想である。 福…

ずっと気分が滅入っていたけど、ラフマニノフの交響曲第2番を聴いたら少し心が軽くなった

大岡昇平『音楽による感動』 絶望は過去に固執することから生れますが、思い出によって、対象化するのは、過去から解放されることです。音楽には聴く者の思い出を正確にたどることはできないが(第一これは個人的なことです)それを喚起し、音楽の時間の中に…

自己愛の強すぎる母親は、子供にとって良い母親ではない(私の実感)

大岡昇平『武蔵野夫人』 男は彼女にとって、自分の魅力を映す鏡としてしか興味のないものであったが、それに最も敏感に反応するのが大野であったから、彼を悪くは思っていなかったのである。

大岡昇平『記録文学について』 戦争は厳粛な事実であります。日本はもう自ら戦うことはありますまいが、それだけに国際関係の微妙な一環として、国の存立をかけなければならない我々にとって、国家組織の最高の表現である戦争について盲目であることは許され…

大岡昇平『野火』 彼らは要するに私同様、敗北した軍隊から弾き出された不要物であった。(中略) しかし今その一員として彼らの間に入って、私は彼らが意外に平静なのに驚いた。内に含むところあるらしい彼らの表情からみて、彼らが一人一人異なった個人的…

大岡昇平『わが文学生活』 いつの時代でも社会は大体同じような構造を持っていると思いますよ。戦後の社会だけが複雑なわけはない。かりに特に複雑であるとしても、複雑であるなりに分析することが人間にはできるはずですがね。

大岡昇平 「サクラとイチョウ『朝日新聞』」 日本的美の観念は、私の育った大正時代には、それほどいわれなかった。戦争中の国威称揚主義時代に植えられた木が、今日成長して、街路や校庭を飾るようになったのである。

大岡昇平『再会』 人いきれの中で私の精神は勝手に動いていた。私に果して「従軍記」が書けるだろうか、とばかり考えていた。いくらX先生におだてられても、私は自ら顧みて自分に才能のかけらも見出すことは出来ない。青春の十年を無為に過ごし得たというこ…

渋谷、下北沢、京都、神戸、鎌倉、大磯、成城…大岡昇平の住んだ場所を歩きたい

大岡昇平『成城だより』 私は「赤い鳥」の少年投書家であり、成城高校(旧制)の第1回卒業生である。つまり骨の髄まで、自由と童心に毒された人間であった。

大岡昇平『わが文学に於ける意識と無意識』 『朝の歌』『富永太郎の手紙』『花影』『レイテ戦記』を並べてみると、私がずっと死者と交信して暮していることがわかります。