大岡昇平『俘虜記』
アメリカの美人達はいずれも人に見せる顔をしていた。或る美人は眉を大きく釣り上げて無意味な放心を示し、別の美人は口角を小さく釣り上げて無意味な笑いを浮かべていた(こういう見せるための顔面筋肉の運動が、すべて上方に向かっていることは注意を要する。その完璧な形式は恐らく般若の面である)。
大岡昇平『俘虜記』
アメリカの美人達はいずれも人に見せる顔をしていた。或る美人は眉を大きく釣り上げて無意味な放心を示し、別の美人は口角を小さく釣り上げて無意味な笑いを浮かべていた(こういう見せるための顔面筋肉の運動が、すべて上方に向かっていることは注意を要する。その完璧な形式は恐らく般若の面である)。
大岡昇平『三十八年目の八月に』
わけのわからないことが、行われるなかで、たとえその効力に疑問があるにしても、記録にとどめておくべきだ、と思っています。
大岡昇平『少年』
自己を言語化するとは解釈するということである。
大岡昇平『戦争』
結局、愛国心ってのは、なんだか個人のエゴイズムを超越するんで、なんか美しくて、いいことのようなイリュージョンが生まれるんだが、結局自分の国土さえうまくいけばいいというんですから、エゴイズムには変わりはない。
大岡昇平『狡猾になろう』
言葉の結合による面倒な思考から逃避しキャッチ・フレーズにキャッチされ、集団にとけこむ快楽を見出そうとする。これは戦前、国民大衆を軍部の望むままに操るために、マス・メディアが文化官僚と共謀して行った手段であり、東西緊張の現在にあって、危険な状況といえる。
大岡昇平『戦争』あとがき
「国難」「非常事態」など状況の概念化、情報操作の組織化の現状にあっては、なにか事があればひどい目に合うのはまたもやわれわれ国民ではないか。
大岡昇平「野火」
この田舎にも朝夕配られて来る新聞紙の報道は、私の最も欲しないこと、つまり戦争をさせようとしているらしい。現代の戦争を操る少数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼らに欺されたいらしい人たちを私は理解できない。おそらく彼らは私が比島の山中で遭ったような目に遭うほかはあるまい。その時彼らは思い知るであろう。戦争を知らない人間は、半分は子供である。