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大岡昇平が私たちに教えてくれること

2022-01-01から1年間の記事一覧

大岡昇平『俘虜記』 下士官は既に軍隊内のその位置に快適を感じ、自己の個人的幸福のためにも、この組織を支持する意識を持ったエゴイストである。彼らは特権によって誘惑された者どもであり、特権ある者は常に堕落するのである。

大岡昇平「無罪」新潮文庫あとがき なによりも「真実のすべて」が法廷に出るという原則は、有罪になるにせよ、無罪になるにせよ、当事者にとっても、人民にとってもよいことだと思われます。 判事や検事の専門家意識、司法権力を行使するという強権意識、そ…

大岡昇平「文学の運命」 戦後二十年、私はもう五十六歳である。この先何年生きられるか。日本はこれからどうなろうと、よし人類が滅亡しようと、どっちでもいいといえないこともない。しかし将来に幸福の可能性を持った若者たち、私の娘や息子はどうだろうか…

大岡昇平『成城だより III』 本年度中に防衛費GNP1%を越すこと、閣議決定。なんでも閣議できめ発表するのなら、議会討論など無意味だ。

大岡昇平「サッコとヴァンゼッティ」 彼はさらに事件に関係していたと告白した死刑囚マディロスのことにも言及しているが、法廷外のこの種の立証されない記述は、結局は無力である。裁判批判一般が政治の前には最終的に無力であるのは、40年後の日本と同じで…

その人物が対象を前にしてどんな態度を取るか

大岡昇平『現代小説作法』 派手な文体、地味な文体、力強い文体、軽快な文体、などなど、種々の形容が、批評家によって、作家を月旦するに使われますが、それはある作家の文章を読んで、あたりさわりのない印象の表現です。作家が力強い文体を目指して、実際…

大岡昇平『文学の運命』 三島は最近『秘薬』で、ついに表看板の男色から脱出した。つまり近く佳人と華燭の典をあげる準備工作ではないか、と気を廻すわけだが、そこで彼の男色が本物か文学的擬態か、佳人にかわってテストをする。

大岡昇平『文学の運命』 こんな受験参考書的知識すら僕が持っていなかったのは、ひとえに僕が青山学院、成城と三流のコースをたどっていたからである。府立一中の入学試験に落第したことを白状すると、三好さんはまた、「お前とはもう話をせん」と怒った。

大岡昇平『愛について』 家が面白くなくなったのは、高校へ進み、駅前の繁華街の夜遊びをおぼえてからである。公務員である新しい父の手前があるのか、母がそういう行動をうるさくいった。弟と妹が生まれていた。新宿の東口前の広場に、たむろする若者のうわ…

大岡昇平『文学の運命』 これから先は実に長い長い物語になるので、私の青春放浪は一応これまでにする。最近三島由紀夫や石原慎太郎が、私の小林や中原に関する回想を読んで、ああいう充実した青春はわれわれにはなかったと嘆いているが、私とても別に人と違…

大岡昇平『無罪』新潮文庫 あとがき ここに集めた13篇の裁判物語は、1956年から62年の間に、「小説新潮」「オール読物」などに発表したものです。「松川事件」「八海事件」が高裁、最高裁の間で「上告」「差戻し」をくり返していた頃です。私はむろん裁判は…

大岡昇平『武蔵野夫人』 男は彼女にとって、自分の魅力を映す鏡としてしか興味のないものであったが、それに最も敏感に反応するのが大野であったから、彼を悪くは思っていなかったのである。

大岡昇平『エンターテインメントとポストモダン』 西欧の新しい哲学は、権力との関係を常に頭においているのに、日本のポストモダンにはそれがない。ボストンのシンポジウムに集った外国人に「抵抗」がないとうつったこの保守性ーそれはいまやれっきとしたフ…

大岡昇平『中原中也の思い出』 こうした中原の観察はめったに間違わないものだった。彼はいつも自分の感覚しか語らなかったが、彼は決して嘘を吐かなかったし、何より自分の感覚を正確に表現することに気をつけていたから、その言葉は常に外界の何物かを伝え…

大岡昇平『常識的文学論』 マスコミとレジャー・ブームの現代にあっては純文学はハイ・ブラウ即ちいけすかない奴の文学として排斥される傾向がある。

大岡昇平『成城だより』 しかし文士諸兄に一番気になるのは、巻末の代表三三校の国文学卒論項目なるべし。去年も買ったはずが、なぜか保存してない。漱石、芥川、太宰、三島のずば抜けての上位御四家は動かず、筆者も人後に落ちず、むきになって探したが、一…

大岡昇平『戦争』 いよいよここが最後だというとね、まわりからこう押しつけられるような気持、まあ、この気持は戦争にいかないとわからないだろうな。こういう目にあわなきゃなかなかわからないわけだよ。 その時は敵に会って殺されるという風には考えなか…

大岡昇平『レイテ戦記』 レイテ島の戦闘の歴史は、健忘症の日米国民に、他人の土地で儲けようとする時、どういう目に遇うかを示している。それだけではなく、どんな害をその土地に及ぼすものであるかも示している。その害が結局自分の身に撥ね返って来ること…

大岡昇平『第二の戦後か』 どんな危機にも必ず儲ける人間はいる。政府は必ずそういう人間の味方である。

大岡昇平『幼年』 現在私は小説家という女性的職業に従事している。腕力はなく、中学に入ってから議論が好きになっただけで、けんかは嫌いである。胸毛とか筋肉を誇示する同性は嫌いである。フィリピンの山中で一人取り残された時、敵を殺すことを放棄してし…

大岡昇平『噛みつき帳』 オリンピックはアマチュアの争いだから、出さえすればいいのである。そして全力を尽すだけでいいのだ。会場まで日本へ持って来て、汚職の種をふやさすことはない。

大岡昇平「わが文学生活」 万年筆は安物をどんどんつぶすんです。1950年頃は、東京駅で拾ったやつを使ってました。最近はずっと中国製のヒーローだったけど、こないだ子供たちがペリカンをくれました。子供の時からのくせで、文房具にはこらないんです。

大岡昇平〔古谷綱武『自分を生きる』〕 現代のように評価の基準の混乱している時代では、人はどこかで自分に不足しているものに思い当らされるものである。自分の欠点を長所に転ずる方法を考え出さなければ生きていけない。

大岡昇平『野火』 「わかりました。田村一等兵はこれより直ちに病院に赴き、入院を許可されない場合は、自決いたします」 兵隊は一般に「わかる」と個人的判断を誇示することを、禁じられていたが、この時は見逃してくれた。

大岡昇平『エンターテインメントとポストモダン』 日常生活といっても、それは今やテレビのホームドラマをまねた演劇人生と化しつつあります。

大岡昇平『武蔵野夫人』 父の死を聞いた彼の最初に感じたのが、一種の解放感であったと書けば、読者は彼を人非人と思うかも知れない。しかしこれは事実であった。彼は前線で多くの人の死ぬのを見、死がどれほど面倒を省くものであるかを知っていた。

大岡昇平『小説の効用を疑う』 二十世紀の空虚の中で、人間は生きるのは苦しい。結局文章に現われた困難の感じだけが、こんにちこの時まだしも所謂カタルシスをもたらすことが出来るのではないでしょうか。

大岡昇平「『野火』の意図」 「主人公の姿はいつも眼に見えていなければならぬ。さもないと不可解になる」 「細部には平静が支配していなければならぬ。その中で主人公だけが狂って行く」 とノートに繰り返しています。狂気や神という架空のものを読者に納得…

大岡昇平『野火』 彼らは要するに私同様、敗北した軍隊から弾き出された不要物であった。(中略) しかし今その一員として彼らの間に入って、私は彼らが意外に平静なのに驚いた。内に含むところあるらしい彼らの表情からみて、彼らが一人一人異なった個人的…

大岡昇平「愛について」 霧の中にいるような気持が、私を去らなかった。すべてはぼんやりとしたヴェールに包まれている。平凡な銀行員としてすごして来た、それまでの自分の生活全体が、そんな工合だった、ということに思い当った。