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大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平中原中也の思い出』

 こうした中原の観察はめったに間違わないものだった。彼はいつも自分の感覚しか語らなかったが、彼は決して嘘を吐かなかったし、何より自分の感覚を正確に表現することに気をつけていたから、その言葉は常に外界の何物かを伝えていた。

 彼が死んで十年たった今日そうした彼の常軌を逸した言動が漠然とした一般的な印象しか残っていないのに反し、彼が日常の瑣細事に示した細かい愛情、率直な反応、特徴のあるしかし健全な判断等、すべてむしろ私の第一印象に繋がる事柄をよく憶えていて、懐かしく思い出されるのである。

 彼の孤独な絶望的な詩が今日これだけ広く読まれるに到った理由は、案外彼の人格の裡のこうした普遍性にあるのかも知れない。