2023-10-10 ■ 大岡昇平「詩人」 中原が自作の朗誦がうまかったのは、草野心平がいまだに語り草にしている。猥談だって独特のものだった。しかし彼が女に持てるところは、われわれは一度も見たことはない。 渋谷の洋食屋の女給一人口説くのにも、阿部六郎や僕を動員して、十何度飲みに通った揚句、ふられている。女にどうも男があるらしいとか、「旅行しないか」と言ったら、女がどんなにどきんとした顔をしたとか、中原の描写は微に入り細を穿っていたが、ふられたことにかわりはない。