大岡昇平bot

大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平『野火』

 彼らは要するに私同様、敗北した軍隊から弾き出された不要物であった。(中略)

 しかし今その一員として彼らの間に入って、私は彼らが意外に平静なのに驚いた。内に含むところあるらしい彼らの表情からみて、彼らが一人一人異なった個人的必要を持ち、またそれに対処する心を持っているのは、明らかであった。そして一見無意味に見える彼らの動作にも、それぞれ意味があったのである。

 たとえば私が着いてしばらくすると、やや離れたところに寝ていた彼らの一人は立ち上がり、まっすぐに私の前まで来た。そして、

 「おい、糧秣いくら持っている」と訊いた。

 彼は下痢患者らしく怖ろしいほど痩せて、私の返事を待つ間も、じっと立っていられないらしく、体をふらふら振っていた。そして芋六本という私の答えを聞くと、満足気に頷いて、のろのろと自分の席へ帰って行った。おそらくここにいる人々の持つ食物の量を知っておくのが、何か私の知らない理由によって、彼には必要だったのであろう