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大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平「幼年」

 昭和十年頃、小林秀雄が「故郷を失った文学」を書き、東京には故郷というようなものがなくなっていることを指摘した。たしかに美しい山や水に囲まれた環境は、大正十二年の大震災以後の東京にはなくなった。小林の論文はそういう東京の変貌を踏まえた指摘である。私にも同じ実感があるが、しかし人間に故郷がまったくないということはあり得ない。中渋谷百八十番地の路地の環境が、私にとっては故郷なのではないかと思った。