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大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平「幼年」

 私はその後もそうだが、いわゆる秀才ではなかった。小学校六年を通じて、優等になったのは六年生の時だけで、それまではやっと級の十番以内にいる程度だった。(略)入学するまで、両親は片カナと足し算引き算を教えることしかできなかったから、よりよい条件の下に育てられたほかの子供に劣っていた。