大岡昇平bot

大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平『俘虜記』捉まるまで

 私は既に日本の勝利を信じてゐなかった。私は祖国をこんな絶望的な戦に引きずりこんだ軍部を憎んでゐたが、私がこれまで彼等を阻止すべく何事も賭さなかった以上、彼等によって与えられた運命に抗議する権利はないと思はれた。一介の無力な市民と、一国の暴力を行使する組織とを対等に置くかうした考へ方に私は滑稽を感じたが、今無意味な死に駆り出されて行く自己の愚劣を嗤はないためにも、さう考へる必要があったのである。