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大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平「僕はなぜ文学青年になったか」

 大正の心境小説も似たようなエゴイズムの讃歌を歌っていた。小心翼々たる文学的生活者の、日常生活の小波瀾に、大袈裟な意味を見つけて、悦に入るのが、彼等の常套手段であった。

 僕も彼等のような、文章を書いてみたいと思った。夏休みに水泳部合宿で考えた小説の筋を憶えている。愛情なく結婚させられた女が、次第に夫に愛情をおぼえるようになるという話である。十四歳の子供に、こんな小説を考えさすなんて、大正文学はなんて、悪党が揃っていたもんだ。しかし僕は罪のすべてを彼等に着せるつもりはない。僕は頭が悪く、おとなしすぎたのだ。