大岡昇平bot

大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平『野火』

 死はすでに観念ではなく、映像となって近づいていた。私はこの川岸に、手榴弾により腹を破って死んだ自分を想像した。私はやがて腐り、さまざまの元素に分解するであろう。三分の二は水から成るという我々の肉体は、たいていは流れ出し、この水と一緒に流れて行くであろう。

 私は改めて目の前の水に見入った。水は私が少年の時から聞き馴れた、あの囁く音を立てて流れていた。石を越え、迂回し、後から後から忙しく現われて、流れ去っていた。それは無限に続く運動のように見えた。

 私は吐息した。死ねば私の意識はたしかに無となるに違いないが、肉体はこの宇宙という大物質に溶け込んで、存在するのを止めないであろう。私はいつまでも生きるであろう。