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大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平『年初に豊かさを考える』

 新人類、ポストモダン、などと浮かれている消費人口ほど御しやすいものはない。長年の政権保持によって老人化した政府による、幼児化した中流階級の支配である。豊かさは保守性を持っている。それは豊かでないものを差別し、排除する。

大岡昇平「詩人」

 中原が自作の朗誦がうまかったのは、草野心平がいまだに語り草にしている。猥談だって独特のものだった。しかし彼が女に持てるところは、われわれは一度も見たことはない。

 渋谷の洋食屋の女給一人口説くのにも、阿部六郎や僕を動員して、十何度飲みに通った揚句、ふられている。女にどうも男があるらしいとか、「旅行しないか」と言ったら、女がどんなにどきんとした顔をしたとか、中原の描写は微に入り細を穿っていたが、ふられたことにかわりはない。

大岡昇平「野火』

 名状しがたいものが私を駆っていた。行く手に死と惨禍のほか何もないのは、すでに明らかであったが、熱帯の野の人知れぬ一隅で死に絶えるまでも、最後の息を引き取るその瞬間まで、私自身の孤独と絶望を見究めようという、暗い好奇心かも知れなかった。

大岡昇平中原中也の思い出』

彼は彼の詩が人を動かすだけではなく、彼という人間が人に認められることを欲した。彼の伝説的毒舌、無限の喧嘩は主としてこの希望が、そう簡単には実現されなかったため起ったものである。

 彼は彼の考えていたバルザックと共に、この世の定めのどうにもならないことを知っていたが、なおその上彼には詩作という「行為」があったように、彼を理解しないという定めになっている世間に対して、絶えず同じ抗議、同じ悪口を繰り返さねばならなかったのである。当時彼が説得し難い毒舌家であったのは、彼が調停者のいうことを理解しなかったためではなく、抗議者という役割を自己に課していたからにほかならない。

大岡昇平「野火」

 この田舎にも朝夕配られて来る新聞紙の報道は、私の最も欲しないこと、つまり戦争をさせようとしているらしい。現代の戦争を操る少数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼らに欺されたいらしい人たちを私は理解できない。おそらく彼らは私が比島の山中で遭ったような目に遭うほかはあるまい。その時彼らは思い知るであろう。戦争を知らない人間は、半分は子供である。