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大岡昇平が私たちに教えてくれること

大岡昇平『「象徴」を追う現代文学

野間宏の晦渋な反省、安部のアレゴリイ、三島の美学的自然描写などが、個物の相から本質をつかみ出す忍耐を失った部分において、安直な繰り返しになっているのは事実である。

 一方批評家もこれらの作品の「象徴的」に暗示するものに満足して、その本質に立ち入って批判しない傾向がある。

 野間の「わが塔はそこに立つ」は、主人公の仏教とマルクシズムとの対決を描き、民族的な問題に迫った力作といわれる。しかし、本質的な問題は、そこに浄土宗が正しく提示されているか、どうマルクシズムと対決されているか、ではないか、と思う。

 安部の「砂の女」は巧みなアレゴリイであるといわれる。しかし「砂の女」がなんのアレゴリイかは問われなかった。三島の「美しい星」の美しい宇宙的童話が、どういう風に、現代の核戦争の脅威と関係するかが論じられたことは少なかった。